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「ターンAガンダム」にゆっくりと触れていこう 3回目


最近バ○ダイの方で「ターンAガンダム」の
プラモデルの再販がされたのだが
なかなかの売れ行きと言って良いだろう。
特にターンXとカプルに関しては凄い。
もちろん売れ残っている所も数多くある。
好きな作品に挙げる方も非常に多いのだが
嫌いだと挙げる方も非常に多い作品。

続きを読みたい方はクリックして下さい。

●「ターンAガンダム」にゆっくりと触れていこう 3回目●


どうして今再び「ターンAガンダム」に触れたのか?
正直よくわからない。
これで恐らく4~5回くらいは見ている。
ふとビデオデッキに入れてみただけのような
そんな気がしている。
それは「劇場版ターンAガンダム」だった。

「ツギハギ映画」という言葉が
富野作品ではよく聞かれる言葉だ。
今年公開されている「劇場版Zガンダム」もその1つ。
TV版と劇場版ではいろんな意味での
キャパシティというものが違うから作り方も違ってくる。
単純に陳腐に言ってしまえば
この劇場版は「ダイジェスト版」とも言える。

そしてTV版を見た人からすれば
「こんなに早い展開で話がわかるのだろうか?」と
そういう意見も多く見られる。
もちろんそれらの意見を間違っていると言いたいのではない。
私とて「星を継ぐもの」を見た後や
ガンダムSEEDのスペシャルエディションを見た後で
同じ様な感想を持ったのだから。

しかしその次の日からその考えは
ひょっとして違うのではないのか?という風に
思うようになっていった。

それはキャパシティが違うから
捕らえ方も違うという解釈も1つあり
要素としても挙げられるのだが
1つの作品という目で見た時に
それを要素として語る事はいけない事だという気がした。
むしろ邪魔になるとさえ思った。
もちろん作品を語る上では必要な事だ。
という言い方もできる。
商業作品だからなのか?
人に見せる作品は全てそうなのか?
いろいろな疑問と矛盾と葛藤が頭の中でぐるぐると回る。

人は成長をする度に知識を得ていく。
それは多かれ少なかれ人が生きていく上でする事だ。
仕事で必要だから、勉強で必要だから
好きだから、理解したいから等
様々な理由が挙げられるだろう。

だが果たして人が得た知識で何を得られるのか?という事は
人によって変わってくるのも面白い現象だ。
知識はただ知識でしかないのだが
問題はそれをどう使うのか?という事だ。
それを糧とできたのか?邪魔になったのか?
それはまた人それぞれが決める事だと思う。
故に答えなど1つではあり得ない。
という結論も導き出せるだろう。

だからこれは私と言う1つの解釈を選んだ
ただの言葉のツギハギでしかない。
と言えば上手くまとまるのだろうか?

大人という状況では知識や思考が優先され
感覚だけで作品を見る事は
難しくなっていくのかもしれない。
「なんだかわからないんだけど凄いんだよ!」と
言って許される状態は大人としては
成立させてもらえないという思い込みが
この世界なのかもしれないという現実があるから
人はガンダムを語る事を止められないのかもしれない。
とさえ思うのである。

理解できたと思い込んでも尚
美しい作品というものはやはり素晴らしいのだろう。
私は「ファーストガンダム」と呼ばれた作品と
また違った感性で美しい作品だと感じる事ができた
この「ターンAガンダム」という作品に出会えた事を
幸せだと思いたいのだ。

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