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物理の勉強 第1回「エヴェレット解釈とシュレーディンガーの猫」
WYP2005-UN-version.jpg

今年は「世界物理年」だって知ってましたか?
えるぼは今日ヘキサゴンを見て知りましたが(笑)
実は気になって少し勉強しているんです。

今からおよそ100年前
かの有名なアインシュタインが
現代物理学へのジャンプ台となった
5つの画期的論文を次々と発表し
その年は物理学にとって「奇跡の年」と
呼ばれることになったそうなんですが
今年は調度100年目。
だから今年は「世界物理年」なんだそうです。

「物理って?もののことわり?何それおいしいの?(白銀武)」
って感じもなくはないですが
「マブラヴ オルタネイティヴ」体験版にて
夕呼先生が言っていた
「エヴェレット解釈(多世界解釈)」って
一体なんなんだろう?とずっと気になってまして
インターネットには様々な物が載っていますから
凝りもせずまた調べてみました(笑)
やっぱりこういうの好きなんでしょうね(^-^;;
頑張って勉強してみたいと思います。

実は最初勘違いして「エベレスト解釈」と検索して
何も出て来なくてガッカリしたのはとても内緒です(恥笑)

マブラヴに登場するキャラクターの
香月夕呼先生は物理の高校教師なので
物理学の理論である量子力学も出てきます。
「霊子力学」だとサクラ大戦になるんですかね?(笑)

量子力学においては
「状態は確率でしか表現されえず
むしろ様々な状態の重ね合わせである」
とされてるみたいです。

この一見理解不能意味不明のような考えを
物理学者のエルヴィン・シュレーディンガーという人が
思考実験を用いて示したものがありまして
その猫を「シュレーディンガーの猫」と呼ぶそうです。

だから築地は犬じゃなくて
猫なんだと、ふと思いましたね。
マブラヴだと「香月夕呼の猫」って所でしょうか?(笑)
それとも「香月夕呼の築地」?(笑)

まあそれは置いといて…。

どんな実験なのかというのを簡単に言いますと
猫を箱に入れておいて
それと一緒に放射性物質のラジウム
粒子検出器、更に青酸ガスの発生装置を入れておく。
このラジウムというのが反応して
アルファ粒子というのを出ると猫が死ぬ。
出なければ死なないって事なんですけど
要は確率のお話な訳ですね。

ちなみに思考実験というのは
実際に猫を入れて行う物理的な実験ではなくて
頭の中だけで行う実験の事だそうです。
いろんな妄想(想像?)があって面白いですよね。
これだと動物なんちゃら協会から
クレームも来なさそうです(笑)

要は猫が箱に入る前の状態は
生と死の重ね合せな訳なんです。
我々も同じ状態な訳ですね。
簡単に説明致しますと
「人間いつ死ぬかわからない」って事です。

ですが箱に入った時点でそれが
「完全に死んでいる状態」と
「完全に生きている状態」となる訳です。
それがシュレーディンガー方程式。
つまり決定論的に変化するって訳です。

さてここからが本題です。
問題はそれを見ている人
つまり観測者がいるのか?いないのか?
と言う事なんですけれども

観測者がいた場合
「常に生きている状態」と
「死んでいる状態」のどちらかになりますね。

観測者がいない場合。
例えばこの実験を始めてすぐに人類が滅亡したとします。
誰も結果を見る事も記述する事もできなくなります。
つまり箱の中の猫は「完全に死んでいる状態」と
「完全に生きている状態」が重なり合っている状態なのだと。

これと似たような話を昔心理学の本で読んだ事があります。

「ジャングルの中で大木が倒れたとします。
果たしてその時に音はするのかどうか?」

というものなんですが
「するに決まってるだろ!」と普通は思いますよね。
でももしその時誰もそれを聞く事ができなかったとしたら?
それを証明する事なんて誰もできないんです。
いや正確に言うとすれば
「問題は音が鳴らないかもしれない」と
思わせてしまう所にあると思えます。

さて本題に戻りますが…。

解釈としては「コペンハーゲン派の解釈」と
「エヴェレット解釈(多世界解釈)」というのがあります。
簡単に言いますと観測者を特別視した見方が
「コペンハーゲン派の解釈」で
観測者もそれに含めた解釈が
「エヴェレット解釈(多世界解釈)」みたいです。
夕呼先生が言ってたのは後者なのですが
簡単に違いを見ていきます。

コペンハーゲン派の解釈だと
「生きてる!」って観測する状態と
「死んでる!」って観測する状態とに
完全に分かれる。
つまり1つの状態に収縮し
結果が出るという事ですね。

それがエヴェレット解釈だと
その観測者も記述に含めようという所が
コペンハーゲン派の解釈との
考え方の違いな訳なんですが
上記の様に要は箱に入れ様が入れまいが
猫は常に生と死が隣り合わせの状態である事に変わりなく
この実験の観測によって
死んでいる猫と死んでいない猫を
観測する観測者の重ね合わせた状態に移行する。
つまりゲームっぽくいうと
分岐して選択肢が出るって事です(笑)
その結果「生きている猫を観測した観測者」か
「死んでいる猫を観測した観測者」が残り
つまり観測するまではどちらになったのか
それを知る事はできないという物です。

問題は猫が死ぬかどうかではなくて
そういう解釈がある
それが「他世界解釈である」って事ですね。
ゲームではよくある世界ですけどね。

しかし我々人間にはどちらか1つの道しか
基本的には行く事ができない。
「我等は選びただ辿る…(クルーゼ風)」
人生にも欲しいリセットボタン?
だからこそ人生は面白い?

なんとなくわかったようなわからないような感じですが(笑)
更に次回は「時空を超える」為の
「アインシュタインの相対性理論」の勉強をします。

勉強しているだけで理解できているかは内緒です(笑)
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